わたしもうすぐ死ぬんです

このブログを書くに当たって、入社時から時系列に整理して書いていこうと思って書き始めた。

ある程度投稿がたまったら、リンクや画像も整理して少しづつみんなに読んでもらいたいと。

しかし、昨日あったことは今書いておきたい。

結局、タクシーってそうなんよ。だ¥

そのとき書かないと、忘れてしまう。

その忘れてしまうようなひとつひとつの出来事、車内で起きたことはめちゃめちゃ価値があって、ほとんどのドライバーはそれを知らず知らず捨ててしまっている。

結局、タクシーの価値は上がらない。

その「出来事」を記録しないとあかん。

それが集まったら、めちゃ価値あるコンテンツやから。

前置きは良いか

昨日の午後、東灘のあるリハビリ施設から乗車の老人男性。

見た目は80歳くらいかなと。

小太りで、メガネをかけた、温和そうな男性やった。

「暑いね」

「いや、ホント暑いっすよねー」

ちょっと返しが関東弁ぽかったかな、と反省する。

自分にとっては、それほど堪える暑さでもなかった。

暑いのは好きだ。

「タクシーがね、なかなか来ないかと思って」

「今日は午前中JRが止まって、タクシーも結構遠方に出払ってたかもしれませんが、たまたま近くにいました(笑)」

「タクシーがないと、もう生きていけへんからね」

随分極端な話やな…老人男性は続けた。

「病気でね、もう車にも乗れないし、タクシーだけが頼りやねん」

そういう話はよく聞くが、男性は「病気」には見えなかった。

「病気なんですか…そうは見えませんけど」

「がんなんですよ。大腸のね。数年前に一度入院して手術したんやけど、もうそのときはステージ4やって」

「数年前(にステージ4)ですか…」

「先生に聞いたんよ。いったいわたしあと何年生きられるんですかって」

「自分から余命を聞いたんですか…」

「そら、知りたいやん。それ知らんかったら、これから何するかとかもあるやん」

「はぁ…(そんなん知ったら、いろいろやる気なくなるんちゃうかな)」

「聞いたらな、あと1年から持って3年やって」

「…それが何年前なんですか?」

「3年前や」

「…」

「そろそろ『そのとき』や」

「…」

よくそんなこと、見知らぬタクシー運転手に話せるな。

しかも全然悲壮感もなく、大谷が今日もホームランを打ったな、みたいな感じで話してた。

「でも余命宣告って最悪のことを想定して言うんちゃいますか」

「それは、そうやろな。そんならもう少し生きられるのかもしれん。でもな、抗がん剤の苦しさとかって、運転手さん想像出来る?」

「出来ません」

「あの苦しさ経験したら、もう死んだ方が楽なんちゃうかって思うことあるよ」

「苦しさ…ですか(どんな感じなんですか)」

「あれ打ったら寝られへんねん。夜一睡も出来へんで、翌日の昼間になって、さすがに眠くなってウトウトするけど、それでも寝られへん」

「寝られないのはしんどいですね」

「しんどいちゅうか、死ぬほど苦しいな。それでも2週に一回やから我慢も出来るけど」

「抗がん剤を打ったら、その日に家に帰るんですか?」

「そうやで。でもその日は、おたくのタクシー乗って、9時に病院入って、出るのは夕方の6時や」

「1日中病院にいないとあかんのですか」

「そうや」

「ご自宅は、一人暮らしなんですか」

「そうや、もうかなり前に嫁さんは行ってしまったから」

「…」

「乳がんでな、一度は手術して治りかけたけど、5年くらいかな。(嫁さんが)50過ぎになって再発して、それからは早かったわ」

「お客さんは今(何歳くらいになられるんですか)?」

「73や」

見た目より若かった。

「まだまだ(若い)ですね」

「そんなことないわ(笑)」

「でも、そんな話を、そんな風に普通に話してくれるってすごいですね。自分(がその立場)なら落ち込んで、とても人に話す気になれませんよ」

「そら、不安もあるし、怖くなるときもあるよ。でも、『落ち込んでる』暇も余裕もないよ」

「落ち込む余裕」か…確かに、なんとなく(それがないというのは)分かる。

「余命を聞いて、何かやっておこうとか、そういうのはなかったんですか(そのために聞いたんやなかったんですか)?」

「何かするって…考えること言うたら、今日の晩御飯何にするかとか、明日洗濯するのに天気はどうかとか、そんなことばかりですよ」

「…」

「日々の生活をしてくのがやっとで、死ぬとか、生きるとか考える余裕もありません。それはほんまにそうやわ」

「日々、今日生きてることが幸せなのかもしれませんね」

「それはあんたら健康な人間が考えるエゴみたいなもんや。本当に命削ってる人間はそんな『幸せ』なんて考える余裕もないわ」

幸せを考える「余裕」か。いろいろしんどいこともあるし、幸せかどうかは分からへんけど、確かにまだ余裕はあるのかも・

目的地に着いた。

止まる寸前にメーターが上がった。

通常なら、冷たい空気が流れる瞬間である。

話に入り込み過ぎて、メーターなど見てなかった(普通はメーター常に横目で見てて、降り際に上がるシチュエーションは避けるようにしてる)。

「ありがとうございます。2100円です」

「はい、ありがとう。2100円ね」

いろいろ話したわりに、男性はすんなり降りて、自宅アパートの入り口に入っていった。

俺はメーターをリセットせず(リセットするとタクシーGOの予約とか入ってくるから)、男性の背中を見つめ、見えなくなったその入り口を見つめていた。

俺もいつかは死ぬ。

それを誰か、自分の大切な人、家族?、見知らぬタクシー運転手にまで話せるだろうか。

自分がその立場になったことを考えてみる。

やはり誰か、だれか聞いてくれる人がほしい。

嫁さん?子供?

家族がそばにいてくれたら、どんなに力強いやろ。

でもそのときには、もう近くにそんな存在はいないかもしれない。

ひとりで病気と闘う勇気、メンタルが俺にあるやろか。

俺もそのときはタクシーに乗って、見知らぬ、若いドライバーに話してるかもしれない。

少し笑顔も交えながら。

「わたし、もうすぐ死ぬんです」

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